保険会社の損害調査サービス部門では自動車保険事故にまつわるさまざまな物語があります

投稿日:2016年6月5日

自動車保険について知るためには、自動車保険の事故がおきたときにいったいどのような人がどのようにその仕事に取り組んでいるか、実際に社会人になって私が体験してきたことをお伝えいたします。自動車保険を選んでいくにあたって裏側の情報として是非参考にしてください。

損害保険会社の損害調査部門での経験談

私は、損害保険会社の交通事故を対応するサービスセンターで勤務していました。ここでは、ご契約者様が交通事故に遭われた際、ご報告いただいてから解決し保険金をお支払いするまでが業務となります。入社した際、「この仕事は3年たってようやく一人前になれる」と言われました。

交通事故は被害者、加害者の双方が合意しなければ解決に至りません。解決するにあたって、

  • 自動車保険の約款
  • 交通法
  • 過去の裁判例
  • 交渉技術
  • 車やバイクの構造など

必要な知識が多岐にわたるので、何年もかかるのです。お客様のご主張やご要望を汲み取り、相手方の保険会社(または直接相手方)と交渉します。

入社して5年ほどたち、滞りなく仕事が出来るようになった私は、ある大きな交通事故の担当をしました。ご契約者様のご子息がバイクを運転中に、交差点で左方から直進してきた車との事故でした。バイクの運転手は大けがをし、ご契約者様もパニックになりながら事故の状況を改めて確認すると、当方の道に一旦停止の表示があったことがわかりました。

当方に責任割合が大きく不利な状況であったにも関わらず、ご契約者様は

「相手方のほうがスピードを出しすぎていたから悪い」

と強く主張されました。双方車両の損害状況、現場状況から、当方のバイクも一旦停止をしていないようでした。ご契約者様に何度も交通法や過去の裁判例を用いてご説明しましたが、当方のほうに責任割合が大きくなることについて同意いただけませんでした。

私は刑事記録の取り付けをし、弁護士にも相談しましたが、当方にとって良い情報は、結局得られませんでした。保険会社の役割とは、もちろん意向は相手方へ伝えますが、“ただの伝言係”ではなく、“解決するための交渉”をするべきだと思っています。その為には、ご契約者様にもご理解いただかなければいけない場合もあります。

私は、ご契約者様にご立腹されてしまう覚悟で全て正直に話しました。「ご意向の責任割合では解決ができない」と。ご契約者様のお返事は「わかりました、こちらの責任割合を認めるので解決してください」とのことでした。

解決してしばらくたった後、一通のお手紙が届きました。そこには、何枚にも渡って誠実に対応してもらって感謝しているという内容が綴られていました。解決まで時間がかかり、ご希望の解決内容ではなかったのにも関わらず

「あなたに担当してもらって良かった」

とのお言葉を頂きました。迅速な解決が一番の満足だと思っていた私にとって、対応を見直すきっかけになりました。それからは、お客様のご意向を汲み取れるようコミュニケーションをなるべく多くとるようにし、ご満足いただけるよう努めました。お客様は交通事故に遭われた時、初めて加入している保険会社のサービスを受けることになります。少しでも不安な気持ちを取り除きご満足いただける対応ができるよう、日々取り組んでいる担当者がいることを知ってほしいと思います。

損害調査部門の示談交渉について

損害保険会社の自動車事故サービスセンターでの仕事は示談までもっていくことです。「示談」はとても大変でしたがやりがいがありました。解決の報告をしたとき、お客様の安心した声を聞けると嬉しく感じました。交通事故が発生したら、示談をしなければ解決になりません。

示談とは

示談とは、当事者双方(被害者側、加害者側)が賠償金額や支払い方法などの内容を決めて解決することを言います。そして、これ以上の損害賠償を一切請求しないという約束になります。示談はご自身で行ってもいいですが、感情的になり冷静な話し合いができないことや、お互いの主張が平行線で解決にならないこと、さらには不当な内容での解決をしてしまうことなど様々なトラブルが起きる可能性があります。

多くの場合は、ご自身が加入している自動車保険に示談代行が付いているので、保険会社の担当者が話し合いをします。保険会社の担当者は、事故状況を詳しく確認して、判例タイムズや過去の裁判例を参考に妥当な責任割合を調べます。根拠もなく相手方に責任割合を修正してほしいと要求しても通らないので、有利になるような情報があれば、積極的にご自身の担当者に伝えてください。

判例タイムズ社 ホームページ

株式会社判例タイムズ社は、月2回発売の雑誌、判例タイムズを中心に、実務家向けの法律の専門書を発行している出版社です。

わからないことがあれば、担当者に聞いてください。きちんとした担当者であれば、わかるまで何度でも説明してくれるはずです。わからないまま示談することは絶対にやめましょう。ご自身の加入している保険会社の担当者は味方だということを忘れないでほしいです。

事故を解決したい気持ちは同じなので、出来るだけお客様のご要望通り解決に導きたいですが、相手方と交渉が決裂してしまい、上手く行かないこともあります。その時には、次の解決方法を考えご提案します。

万が一納得いかない場合は

保険会社の担当者の提案やアドバイスに納得できない時や困った時には、弁護士や紛争処理センター、交通事故相談センターに相談してどのような解決方法が良いのか指南してもらう方法もあります。 示談が一度成立すると、基本的には後で変更や取り消しは出来ません。納得のいく解決ができるよう示談は慎重にしてください。

今でも一番記憶に残る自動車の事故について

自動車事故では思いがけないものを破損してしまい、示談交渉がスムーズにすすまないことがあります。こんな事故もあるので、しっかり保険に加入して欲しいという実例をあげます。私が保険会社に勤務していた際に、実際担当した交通事故についての体験談です。 ご契約者さまから、「木に接触してしまった」と事故のご報告を受けました。 詳しく事故の詳細をお伺いしたところ、取引先のお客様の敷地内でバックしていた際、門かぶりの松の枝に接触してしまったとのことでした。 松の木については対物賠償保険で対応することになります。

対物賠償保険とは

対物賠償保険とは、交通事故によって他人の財物に損害を与えてしまったときに補償される保険です。他人の財物には、自動車や壁、植物や動物も含まれます。今回、被害者である松の木のご所有者さまは、

「前の状態に戻してほしい。門かぶりの松の形にこだわりがあり、元のように同じ形にならないのであれば、同じ形の松を植え直してほしい」

と要求されました。大事な物を損傷させてしまった為、お気持ちは十分理解できます。しかし、植物なので全く同じように戻すということは不可能です。 ご所有者さまと何度もお話し合いしましたが、平行線のまま解決出来ませんでした。

弁護士が介入し調停

最終的に、弁護士が介入し調停することになりました。何ヶ月もかかり、ようやく和解となりました。和解内容の詳細は記載できませんが、今回の損害の相当分を金銭で賠償することになりました。  この仕事で非常に難しいと感じた時は、植物や動物に価値をつけなければならなかったことです。家族のように大事なペットや大切に育ててきたお花に「いくら」と価値を判断しなければなりませんでした。誠意をもって努めましたが、私が同じ立場でも「お金ではない」と思ったはずです。 動物や植物の賠償案件は担当者が“なるべく担当したくない交通事故”です。今後、こういった交通事故が減ることを祈っています。

やっぱり失敗することもあります。新人時代の思い出について

私が配属された「損害サービス部 自動車事故サービスセンター」では、どのような仕事をするところか全くわからないまま、2週間の全体研修を受けた後、赴任しました。「ここは示談交渉をして交通事故のサポートをする部署」と言われましたが、具体的にどのような仕事をするのか想像もつかず、私には示談という言葉の意味すらわかりませんでした。簡単に言うと、「交通事故を解決するところ」だと教えてもらいました。

まず、この部署に赴任して驚いたことは電話の数です。

  • 被害者、加害者へのご連絡
  • 修理工場への打ち合わせ
  • 代車の手配
  • 相手の保険会社との交渉など、

主に電話で行います。全員、営業時間内はひっきりなしに電話をしていました。

入社して3ヶ月がたったころ、ようやく事故の解決までの流れがわかってきて、一人で担当する案件が増えていきました。その日もマニュアルを確認しながら、あるお客様と電話をしていました。修理期間中、代車がなくて困っているという内容のご相談でした。しかし、代車費用を補償できる特約が付保されていなかった為、保険では代車費用がお支払い出来ない旨を、ご納得いただけるようご説明しなければなりませんでした。

私は、マニュアル通り「申し訳ございませんが、弊社では代車費用が補償できるご契約ではないので、電車などの交通公共機関を使用してください。」とお伝えしました。すると、「電車なんてないわ!マニュアル通りの回答しか出来ないのか!!もっと気持ちを考えろ!!」とお客様からご立腹されてしまいました。

そのお客様の住んでいる淡路島には電車が通っていなかったのです。“担当者は座学だけでは成長しない。お客様の気持ちを理解して交渉技術や解決策を身につけていく”と入社時に上司に言われたことを思い出しました。

あの時、契約情報を確認していればすぐに気付けたのにも関わらず、マニュアルばかり見ていたので、お客様に対して心ない対応をしてしまいました。それからは、電話の向こう側のお客様がどのような表情をしているか想像し、お客様の立場に立って考えるよう心がけていました。自動車事故サービスセンターの仕事には、専門的な知識も必要ですが、お客様のご要望やご主張を正確に引き出し、解決するための的確なサポートができるようにコミュニケーションをとることが必要だと学びました。

フェラーリの多重事故による高額支払いが必要になる事故もおきます

少し前にニュースで話題になった「フェラーリの多重事故」を覚えていますか。幸い重傷の方はいなかったものの、

  • フェラーリ8台
  • ランボルギーニ1台
  • ベンツ3台

と高級車が何台も関わる保険会社にとっては悪夢のような交通事故でした。このような場合、対物保険で対応することになります。さきほども説明いたしましたが、対物保険は、「他人の財物」を破損させてしまったときに損害賠償金をお支払いする保険です。自動車やバイク、壁や電柱など物に対する賠償なので、対物保険での一件あたりの賠償金の平均は25万円ほどです。人身で死亡、重傷、後遺症などの慰謝料を数千万円支払うことに比べたら低い金額です。

しかし、前述したような何台も関わる事故では、高額な賠償金を支払わなければならないケースもあります。過去の裁判事例の中には、パチンコ店に突っ込んでしまった事故で、店舗の修理費や休業損害を含めて1億円以上の賠償金を支払っています。

私は損害保険会社で働いているとき、年間1000件ほど担当していましたが、高額賠償事案と言われる300万円以上の賠償金を支払う事案は、1年で5〜7件ほどでした。

私が担当した高額賠償事案には、薬局に突っ込んでしまった事故、電車と衝突してしまった事故、ガソリン給油機や精密機械に接触してしまった事故など、多くが自動車以外の物を損傷させてしまった事故でした。居眠り運転やアクセルとブレーキを踏み間違えたなど、ノーブレーキの状態のまま相当な勢いで接触してしまっていたので、被害は非常に大きいものでした。

自動車同士の場合、双方に過失があれば過失割合分だけの賠償となりますが、物に接触してしまった場合は、所有者に過失はないので100%全面賠償となります。対物保険では500万円、1000万円、無制限と保険金額を設定することができます。しかし、可能性は低いですが、対物事故でも賠償金が高額になる事案を見てきました。実際、保険金額を無制限にしても、それほど保険料は上がらないので、私は無制限で設定することをお勧めします。

自然災害には勝てないです。だから手厚い補償が必要です

近年、日本ではゲリラ豪雨や台風、大雪など異常気象による自然災害がどんどん増加しています。また、地震もいつ起こるかわかりません。私が保険会社に勤務していた時に、「自然災害の被害を受けても保険は対象外」と思われていたお客様がいました。全ての自然災害が対象外ではありません。どのような場合、対象になり、対象にならないのか、確認しておくべきだと思います。

自然災害でも車両保険は支払われる

車両保険では、

  • 台風
  • 集中豪雨
  • 洪水
  • ひょう
  • 高潮
  • これらが原因による火災

は補償の対象となります。例えば、台風の暴風により飛んで来た物で車が破損した場合、車両保険を請求することができます。しかし、地震・噴火・それにともなう津波では、特約をつけていない限り保険金は支払われません。

地震・噴火・津波は保険金支払いの対象外

東日本大震災のとき、地震の時に対象となる特約に加入していたのは、車両保険を付保している中のわずか1%と聞きました。東日本大震災以降、各保険会社では地震・噴火・津波が原因で車両が全損した場合、定額を支払う特約を新たに作りました。

対物保険では、台風・洪水・高潮の場合や地震・噴火・津波の場合には、法律上の損害賠償責任が個人に及ぶことはないとされるので、保険金のお支払いの対象にはなりません。

保険会社で勤務しているときは、自然災害のニュースや新聞を見ると、その日の出勤はとても憂鬱でした。大規模災害が発生すると、保険会社の担当者は非常事態に陥ります。お客様からの報告が一斉に入るからです。通常、担当者にくる新規案件は一日平均4件ほどですが、災害時は20件を超えることもあります。

受付する部署のフリーダイヤルがパンクしてしまうこともありました。台風や豪雨だけでなく、大雪のときには、スリップして何がなんだかわからないような複数台を巻き込んでしまう事故も発生します。大規模災害が発生した時は、被災者の方に出来るだけ早く保険金のお支払えるよう努めましたが、通常より長い日数かかってしまうこともありました。

自動車保険を請求するような自然災害が起きないことが一番です。しかし、ゲリラ豪雨や台風による被害は年々増えているので、車両保険に加入していたほうが安心だと思います。

損害調査部門で働いていて良かったとおもうこと

入社して半年ほどたった時、その地域で一番大きな代理店を担当することになりました。私は、代理店介入型の損害保険会社に勤務していました。代理店介入型といっても、交通事故の対応の際、代理店が窓口になる場合と、保険会社と直接お客様とがやり取りをする場合があります。この代理店は完全に前者の「全て代理店が間に入って」お客様や保険会社と連絡をとり打ち合わせをしていました。保険会社がこの代理店のお客様と直接話すことはありませんでした。

お客様から見たら、とても頼りになり、親身になってくれる良い代理店ですが、この代理店主は気性が荒く気難しいということで、社内ではとても有名でした。この代理店を通じて契約して頂いているお客様の交通事故を全て私が担当するのです。何十年も保険を取り扱っている代理店主とまだ1年も経験していない新人の私。私に務まるのか不安でした。

しかし、交通事故の打ち合わせをしている時、言葉は悪いけれど、慣れない私に交渉の仕方を教えてくれました。保険会社の社員が代理店から教わるということは一般的にはあり得ないケースだと思います。最初は怖がりながら電話をしていましたが、いつの間にか教えてもらうことが楽しみになっていました。相手側の保険会社と交渉が上手くいった時には一番に報告し、上手くいかなかった時には次の方法を一緒に考えてくれました。解決するために、お客様を説得してくださることもありました。

5年ほど過ぎたころには、電話での打ち合わせがとても短くなっていました。そして、私が退職する際、最後にお手紙を頂きました。

「何年も担当してくれてありがとう。厳しいことをたくさん言ったが、うちのお客さんの為によく頑張ってくれた。いつもきちんと仕事をしてくれるので信頼して任せていました。ありがとう。」

この代理店主には慣れない頃から随分お世話になり、迷惑をかけたことのほうが多かったと思います。そんな代理店主から頂いた手紙に感動しました。自分の仕事が認められていたこと、信頼して頂いたことが何より嬉しかったです。頂いたお手紙は今でも大切に保管しています。

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著者の情報

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日吉 浩之自動車保険の専門家
国内系大手損害保険会社でにて主に自動車販売会社の代理店営業を経験したのち、SBIホールディング社にて日本最大級の一括見積もりサイトの運営に従事。生損保約40社とのビジネスを介して、保険のダイレクトマーケティングを行ってきました。現在は株式会社プリモポストの代表取締役として、アニメーション動画(Youtube)を通じて保険をわかりやすく紹介する事業にも取り組んでいます。
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カテゴリー:専門家による記事,自動車保険